神の賜物の一つ一つについて記憶を新たにすることは、われわれ自身のためである。
こうして、もっと多くを求め、もっと多くを受けられるように、信仰が強められる。
他人の信仰と経験についての話を残らず読むよりも、自分自身が神から受ける
一番小さな祝福の方がずっと大きな励ましとなる。神の恵みに答える魂は、「潤った園」のようになる。
彼は「すみやかにいやされ、」彼の「光は暗きに輝き」主の栄光が彼の上にみられる(イザヤ書58-8〜11参照)。
だから主のいつくしみとそのやさしい多くのあわれみとを忘れないようにしよう。イスラエルの民のように、 あかしの石を立て、神がわれわれのためにしてくださったことについて、とうとい物語をそれにきざみつけよう。
そうして感謝にみちた心でこう叫ぼう、「私に賜ったもろもろの恵について、どうして主に報いることができようか。
わたしは救いの杯をあげて、主のみ名を呼ぶ。わたしはすべての民の前で、主にわが誓いをつぐなおう」 (詩篇116-12〜14)。
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